1990年代中盤
とある舞台で須藤淳一と伊東敦志が共演、以降、交友を深め、二人芝居をやろうとおぼろげながらに考え始める。
2000年
二人の出演する舞台に奥原邦彦も共演、以降、交友を深め、三人芝居をやろうとおぼろげながらに考え始める。
2001年
「おぼろげながら」もナンだからと、居酒屋を中心に「酒の肴的に」打ち合わせが進み…
(ウソですよ、マジメに打ち合わせましたよ!)
2002年12月
「Dotoo!」の福田卓郎氏の書き下ろしによる「もんもんと」を下北沢OFF・OFFシアターにて上演し、試合開始!!
これは「もんもんと」の公演パンフレットにも記載しましたが、オクハラ、イトウ、スドウの頭文字を取って「おいっす!」となりました。
単純過ぎですかね…。
「ちょっと待って、…「っ」は?「!」は?」と疑問に思われる方、安心してください!
これから先、苗字に小さい「っ」のつく人(例:八田(ハッタ)さん・六角(ロッカクさん・実相寺(ジッソウジ)さん・ベッカムさん・イーストウッドさん・etc…)に限定してメンバー募集をします!(2003年7月の時点でこれはウソです)。
「!」は…、勘弁して下さい…。
「おいっす!」と聞いてまず思い出されるのは、なんと言っても70年代を中心に日本中の子供たちをクギ付けにした伝説のTV番組「八時だよ!全員集合」のいかりや長介氏の「おいっす!」でしょう。
なんでもないあいさつの言葉に見えて、会場やTVの前の子供たちの心を一瞬にして虜にしてしまう「呪文」のような言葉「おいっす!」。
その魔力にあやかりたいという気持ちもあるのです。…多少こじつけですが。
「東京」は…、古くは「魅惑のムード歌謡」で一世を風靡した「鶴岡雅義と東京ロマンチカ」、はたまた現在活躍中の「篠原涼子」、または「EAST END×TURI」の「市井由理」、プロゴルファー横田真一氏に嫁いだ「穴井夕子」を輩出した「東京パフォーマンスドール」、そして過激なパフォーマンスで観客の度肝を抜く「電撃ネットワーク」の海外での名称「Tokyo Shock Boys」。
これらの活躍にあやかろうと三人の意見が一致して「東京」をつけることに…。
ゴメンナサイ…、これもウソです。
なんとなく「東京」って付けたらカッコイイかなあと思っただけで…。
だいたい三人の中で東京出身なのは須藤淳一だけで、奥原邦彦は長野、伊東敦志は静岡、第2試合から参加(予定)の倉田醍樹だって静岡… 。
本来なら「中部・東海地方おいっす!(一部東京)」が正しいのですが、これではナニがナンだか分からなくなってしまうので…、「東京」でお願いします…。
こうして「東京おいっす!」となりました!
東京おいっす!は公演の回数を「第○回公演」ではなく「第○試合」と記載しています。
ボクらにとって公演は「戦い」!
男同士が繰り広げる熱い「闘い」!!
だから「公演」ではなく「試合」なのです。
この命、今日はあっても明日まであるとは限らない!
男たちが血で血を洗う「試合」、いや「死合」を繰り広げて…!
……いかん、興奮しすぎた…。
「東京おいっす!」の作品には壮大で重厚なテーマはありません。
お客さんのハートをえぐり出し、ボクらの熱いメッセージを無理矢理すり込む!…これは「おいっす!」の目指すところではありません。反社会的で、モラルに対抗して、「観客よ!お前たちもこうであれ〜〜〜!」みたいなことはできません。お客さんに重ぉ〜い気持ちになって帰って頂くのは心苦しいのです!
「おいっす!」は根本的に「おバカ」です。
軽い気持ちで見ていただいて笑っていただく、それでオッケーなんです。なんだか薄っぺらく感じがちですが、これが実に大事だと思うんです。仕事や学校、生活の中で人は、たくさんのストレスを抱えています。その時に必要なのは、趣味に興じるなどして束縛から解放する時間です。その時間を使って人は「発散」します。
「笑い」は「発散」に必要不可欠なり。
ボクらは笑いを通じて発散のお手伝いをする、みなさんの生活のお手伝いをする。つまり「おいっす!」は、演劇界初の「生活援助型・癒し系コメディーユニット」なのです。
…どうも筆が乗ると誇張するフシがあるようです…。
「おいっす!」が生活の喜びや楽しみ、笑いの助け舟となれたら嬉しいですね。
「深みのあるおバカなコメディー」
役者もスタッフもお客さんも大満足するような作品を目指して更にがんばります!
第一試合にはできあがっていませんでしたが、完成しました!
これはイラストレーターの「小澤 誠」氏による作品。
男らしさ、少年らしさ、さわやかさを盛り込んだボクらもお気に入りのロゴ。
このポーズは、普段あいさつの際に使用しているポーズです。
「おいっす!」フリークは是非!ご愛用下さい。
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